斎藤道三の墓は、岐阜県岐阜市の「道三塚(どうさんづか)」にあります。「道三塚」は住宅地の一角にポツンとあります。
また、斎藤道三の菩提寺は「常在寺(じょうざいじ)」です。斎藤家ゆかりの物が展示されています。
斎藤道三像(国指定重要文化財)を所蔵していて、本堂には複製が公開されています。
斎藤道三の墓とされる「道三塚」は、菩提寺・常在寺より離れた場所にあります。
道三塚(どうさんづか)
墓所 | 道三塚(どうさんづか) |
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住所 | 〒502-0817岐阜県岐阜市長良福光2494 |
アクセス | JR岐阜駅からバス「北消防署前」下車徒歩2分 |
道三の遺体は祟福寺の西南に埋葬されたが、塚はたびたび長良川の洪水に流されたため、天保8年(1837年)に常在寺の住職によって現在の地に移され、碑(道三塚)が建てられた。岐阜市指定史跡。
鷲林山常在寺(じゅりんざんじょうざいじ)
菩提寺 | 鷲林山常在寺(じゅりんざんじょうざいじ) |
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住所 | 〒500-8017岐阜県岐阜市梶川町9 |
アクセス | JR岐阜駅からバス「岐阜公園・歴史博物館前」下車徒歩5分 |
斎藤道三以後、斎藤家三代の菩提寺となる。国重要文化財の絹本著色斎藤道三像・義龍像を所蔵。本堂には複製が公開されています。
斎藤道三の生没年・戒名・家紋データ
生年 | 1494年(明応3年) |
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没年 | 1556年(弘治2年) |
命日 | 旧暦4月20日、新暦5月28日 |
享年(数え) | 63歳 |
戒名 | 円覚院殿一翁道三日抬大居士神儀 |
家紋 | 二頭立浪(にとうたつなみ) |
斎藤道三が乗っ取った美濃・斎藤氏は「撫子」が家紋ですが、道三は「二頭立波」の家紋を使うようになります。
斎藤道三(さいとうどうさん)とは?
一介の商人・油売りから身を起こして、美濃一国を手中にした武将、美濃の蝮(マムシ)の異名を持つ。
稲葉山城主・長井長弘に接近、家臣に取りたてられる。美濃国守護の土岐盛頼・頼芸兄弟の相続争いを利用、天文11年(1542年)頼芸を追放、美濃国の「国盗り」を完成させる。
天文17年(1548年)には、娘・濃姫を尾張の織田信長に嫁がせた。主家を謀殺して一国の城主となった道三だが、息子・義龍に攻められ戦死する。
斎藤道三のお墓参り体験「道三塚」「常在寺」
2022年8月20日(土)に斎藤道三のお墓がある、岐阜県岐阜市「道三塚」にお墓参りをしてきました。
また、斎藤道三の菩提寺「常在寺」にも行きました。(※すべて2022/8/20時点の情報になります)
JR岐阜駅からバスに乗車「ぎふ登城きっぷ」
JR岐阜駅に降り立つと・・・
金ピカの織田信長の銅像がありマスクをしていました。(新型コロナ流行中の時期)
JR岐阜駅周辺には、信長の居城として有名な「岐阜城」、他にも織田信長の墓があるため、「ぎふ登城きっぷ」を利用しました。
「ぎふ登城きっぷ」は220円区間のバスが乗り放題、「岐阜城」入場券、「金華山ロープウェー」往復乗車券がセットになったお得な切符です。
大人「1,400円」、小人「700円」で購入できます。(2022/8/20時点の情報)
「道三塚」は住宅地の一角にある
斎藤道三の墓「道三塚」は、織田信長の墓がある「崇福寺」の近くにあるため、崇福寺から歩いていきました。
「崇福寺」については、以下を参照してください。
5分くらい歩くと、住宅地の一角にある「道三塚」はありました。
入り口から中に入ると斎藤道三のお墓があります。
住宅地にポツンとあります。バスでも行けますが、車の方がアクセスは良いかと思います。
斎藤道三の菩提寺「常在寺」
「ぎふ登城きっぷ」を利用してバスで来た道を戻り、「岐阜公園・歴史博物館前」で下車します。5分くらい歩くと斎藤道三の常在寺があります。
受付に人がいるわけではないので、細かいお金を持参してください。拝観料は大人150円でした。入り口で150円を置いて、本堂の中に入ります。
本堂の中には斎藤道三を含む、斎藤家ゆかりの品が展示されています。
※本堂の中は撮影禁止でした。
国指定重要文化財の「絹本著色斎藤道三像」「絹本著色斎藤義龍像」を所蔵していますが、本堂に飾られているのは複製画でした。
斎藤道三の嫡男・斎藤義龍に関しては、以下を参照してください。
「常在寺」を拝観しているのは私一人で、ヒッソリとしていました。本堂を見る時間は大体10分ぐらいでした。
他にも、岐阜市の戦国武将のお墓参りした旅行は、以下でまとめています。